感謝を形にするということ

※画像はAIさんに描いて頂きました。
妻の祖父母の代から、家族で通い続けている歯科医院がある。
もはや『実家のような安心感』と言っても過言ではない。
院長先生の腕は折り紙つきで、治療後に違和感ゼロ。
今日も半年に一度の歯石取りに行ってきた。
予約制なので待ち時間はほぼ皆無。
さらに近所の駐車場は院長先生の奥様のご実家で、受診時は無料。
この時点で既に「通わない理由がない」状態である。
コロナ禍以降、町の風景は変わったが、この歯科医院さんの『清潔レベル』は別次元だ。
院長先生と奥様だけでなく、歯科衛生士さんも素晴らしい。
優しくて字が美しく、歯石取りの結果を丁寧に説明してくれる。
実は今日もほめてしまった。
この医院には『誠実』の空気清浄機でも置いてあるのかと思うほど、空気が澄んでいる。
今日、受付で奥様と話していたときのこと。
「私も院長もネットには疎くて。娘に医院の案内を頼んでも、なかなかやってくれないの」 と少し困ったように笑われた。
そこで私はスマホを取り出し、
「実は昨年2月に、こちらの歯科医院さんと駐車場のYouTubeを作って、限定公開してあるんです」と申し出た。
奥様、目を丸くして即パソコンへダッシュ。
ブログと動画を見た瞬間、まるで子どもが跳ねるように喜んでくださった。
その姿を見て、私まで嬉しくなり、その場で限定公開を解除して正式公開させて頂いた。
私はこれまで、人生でお世話になった方々のために、無料でYouTube動画を作って限定公開してきた。了解を得て初めて全世界公開する。
自分が作ったと知ったときの、あの驚きと喜びの表情がたまらない。
これも、小説を書くことと並ぶ、私の生涯の趣味の一つだ。
そして今日。
私たちがすでに100mほど歩いていたにもかかわらず、奥様が医院の外まで出てきて丁重に挨拶してくださった。
「ああ、本当に喜んでくださったんだな」と実感し、胸がじんわり温かくなった。
院長先生には、どうか末永くお元気で診察を続けていただきたい。
そう願わずにはいられない一日だった。
ちなみに——
先日のブログで書いた『あの眼科』のYouTubeとブログ記事は削除した。
無料で作って公開していたが、診察に愛情がなく、どうしても感謝が湧かなかったからだ。
感謝は義務ではない。
心が動いたときにだけ、自然と形になるものだと思うから。