週休二日~三日制
今の会社に就職したのは、昨年の1月19日でした。
この会社は日本人でしたら、恐らく99%の人が名前を聞いた事があり、毎日CMが流されており半官半民の会社です。
そして各種競技の2020年東京オリンピックに出場する為のオリンピック候補選手を何人も抱えていて、うちの職場では3名の職員が外国に遠征修行をしています。
彼らが半年に一回、ビザの関係で帰って来た期間やその後のオリンピックや世界選手権の候補選手たちの、毎日の賄いを作るのが私の業務です。
この会社に就職する前は修業時代は別として、その後の20数年はレストランを3軒経営していました。
いわゆる自営でしたから、社員には週休二日制を導入していましたが、私自身は無休で馬車馬の如く、働いていました。
そこで今の会社は週休二日~三日制です。
主に月曜と火曜が定休で、月曜が祝日の場合は火曜と水曜に替わります。
そして月に1回ペースで三日連続で休日になるのです。
昨年は、この習慣に慣れず、調子を崩していて、(別に病気になったのではなく、休んだ後の仕事のリズムが崩れて辛かった)自分なりの考えて、一日は休みますが、一日は仕事をするをやっていました。
そんな事をしていたある日に、10歳以上年下の職員から「趣味は何ですか?休日は仕事しないで趣味をやって下さい」と言われて「ハッ」としました。
それからというもの、昨年の半年と今年の半年までは家庭菜園などの自宅でできる趣味を満喫しており、今後はまたクルマ旅をと計画しています。
我が国でこの週休二日制を最初に導入された方は、あの松下幸之助さんでした。
週休二日制は、1965年に松下幸之助さんの号令の下、松下電器産業(現パナソニック)が最初に始めたそうで、他の企業が導入しはじめたのは、それから15年も後の1980年頃だそうです。
そして官公庁に導入されたのは、更に12年遅れの1992年で、そして公立小中学校及び高等学校の多くでは、2002年に毎週土日が休みになったそうです。
松下電器が週休二日制を導入した1965年は今から50年以上も前の事です。
それは、いざなぎ景気が始まり、Car・Color television・Conditionerの3Cを国民が買い求め、プロレス中継の視聴率が51.2%だったとの事でした。
日本一の家電メーカーである松下電器の売り上げは右肩上がりで、作れば作るだけモノが売れた時代だそうです。
当時の日本企業は全て、日曜日だけが休みの週休1日制でした。
休みが1日増えるというのに、「今まで6日でやっていた仕事を5日にする事なんてできない」と、当時の松下電器の労働組合からは、大きな反対があったそうです。
松下幸之助は、何を言ってそれを押し切ったのでしょうか。
それは「1日休養、1日教養」という指針だったそうです。
「週休二日制は単に休みを2日にするものではない」というのが松下さんのお考えです。
松下幸之助さんは50年以上も前に、社員の自主的な学びと成長を重んじ、社会の常識を覆す「働き方改革」を断行し、それが世の通例にまでさせたのです。
先週の3連休は新人研修で、休日出勤でした。
あれだけリズムが崩れると言って、一日しか休まずに仕事していた私ではありますが、慣れとは怖いもので、10日間ぶっ続けの業務で、心身共に疲れて調子を崩してしまいました。
今日と明日は待望の休日です。
今日も様々、予定が入っていますが、今後の私は「1日教養、1日休養」を目指そうと思っています。